もともと職人の道に進みたくて地元の工芸高校で
グラフィックデザインを専攻した。しかし、
平面的なデザインに物足りなさを感じ、もっと奥の深い、
美術要素の強い職人芸を目指そうとの思いから
「彫刻をやってみよう」と一念発起、高校卒業後単身、
北海道に渡った。(田中金太監修「飛騨高山まつりの森」
への道、から抜粋)その後、木彫刻の本場、
福井県井波市で修業。1980年、現住所で独立した
そうです。
高山在住の宮大工、八野明さんから「この人の彫りは
違いますよ。井波の職人にもいろいろ彫らせたけど、
なんか彫りが浅くて…」と推薦されて、多治見市永保寺
庫裡の妻面の彫刻をお願いしました。
束の笈型(おいかた)や海老虹梁(えびこうりょう)、
虹梁の唐草のデザインは山田さん、八野棟梁と私の
共同制作です。しかし、彫りの勢い、陰影の出し方、
流れ…この美しさは山田さんならでは!
素晴らしい技量だと思いました。
「仕事の注文より先に、とにかく自分の技を磨こう」
と全国の神社仏閣、仏像を見て歩いているとのこと。
頼りになる彫刻家に出会えた幸運に感謝しています。
2006年9月菅野取材
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作業風景
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打合せの様子
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