虎渓山 永保寺再建庫裡


2004年9月12日


中日新聞岐阜県版に 『永保寺再建進展のカギ “屋根こう配似ている” 瑞巌寺(奥の細道)参考』

という見出しで以下の内容を含む記事が掲載されました。



設計は、神社仏閣に実績のある菅野企画設計(愛知県木曽川町)が担当しているが、第一段階の庫裏の設計でも、大きな壁にぶつかった。
「焼失前の庫裏の図面が残っていないため、復元するのは難しい作業だった」
と菅野良司社長は振り返る。
 そのため、約半年間にわたって全国の僧堂を行脚した結果、芭蕉の「奥の細道」で知られる瑞巌寺(宮城県松島町)の庫裏に、屋根のこう配などが酷似していることを発見。永保寺にも瑞巌寺を参考にしたいという言い伝えがあり、同社では、瑞巌寺庫裏の図面を入手して設計に着手した。
 「雲肘木(くもひじき)など、壁の飾り部分が幸運にも燃え残っていたので、正確な復元が可能になった」と菅野社長。
 本堂は、まだ外観の基本設計ができた段階だが「今後は資金の都合を見ながらの設計になります。建材を集めるだけでも五年はかかるでしょう」と予測する。

                                  中日新聞岐阜県版より

1週間後、可児市在住の老夫婦が永保寺へお見えになり

「私は庫裡を造った大工の一人です。先日、新聞で再建

することになった事を知りました。参考になれば使って下さい」

と一枚の図面を置いていかれました。

その図面を見た菅野は大歓喜!

それは、和紙にはもう張りが無く、折り目のところどころが

やぶれていますが、墨で描かれた線ははっきりしていて、

絵として見ても一流の設計図でした。



御老人がお持ちになった図面
早速、その御老人に電話をしてみました。

そして

  • 棟梁が亡くなった時に自分が図面を預かったこと
  • 焼失した大庫裡は、間違いなく瑞巌寺を参考にしたこと

が、確認できました。

しかし、何しろ御高齢(90才)なので会話はそれ以上進みませんでした。

その後、多治見市文化財保護センターの岩井さんが

「菅野さん文献にも載っていますよ」と言って、木 將夫 編集 「伝統を尊ぶ寺院」 

という本を見せてくれました。

その本には『虎渓山の曽我』という見出しがあり、大庫裡は「かつては社寺建築界を

風靡して世に知られた虎渓山の住人、曽我金市・藤原信義」が造ったこと。

そして、「松島の瑞巌寺の庫裡を模しての設計であった」と記されていました。

「大庫裡の屋根は瑞巌寺を模したに違いない!」という判断で設計を

進めてきた訳ですが、それが証明されて本当にホッとした菅野でした。

9月16日

柱の面の大きさを検討しました。

臨済宗の寺院は、面を大きく取って太い材を細く見せるという

工夫をします。

とはいうものの、大切なのはバランス。

果たして、設計通りでいいのか?

実際に、柱に2種類の面を加工してみて検討しました。

結果は、設計通りでOK!







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